統合失調症を超えるとき

統合失調症の改善・克服のためのブログです。よろしくお願いします。

発症から病院に行くまでの経緯(その1)(その2)

発症から病院に行くまでの経緯(その1)

わたしの発症の経緯を書きたいと思います。


以前から幻聴のような症状はありました。
ですが、継続的な症状となると

大学4年の就職活動を終え、内定をいただいたすぐあとからになります。



大学4年の秋、富士山に登った。
その翌日のゼミナールの合宿で発症した。

仲の良かったゼミナールの仲間たちが自分の悪口を言っている。
今思うと不思議だ。
そのときわたしは1階にいて、彼らは2階にいた。

しかし、

彼らがしゃべっている声が、映像付きで聴こえていたのだ。

そのときのショックは隠しきれなかった。
あまりにつらく、逃げ出したくなった。

それまで信頼していた人々から、次々に裏切られていったのだから。


当時、ゼミナールの先生がランニング好きということもあり、
ゼミナールで駅伝に出場する、ということになっていた。

メンバーになっていた自分はその合宿中も山中湖1周していた。
13.3キロを走って気分転換をして、またゼミナールの合宿に臨んだ。


しかし、
またゼミナールの仲間たちは、
普段は普通に接するにもかかわらず、

自分のもとから去ると、
また陰口を言い出してしまうのである。


この合宿への参加が人生を大きく変えたのかもしれない。

それからゼミナールでの態度も変わった。

それまでは比較的積極的だったのが、
少し消極的になった。
とくにゼミ生とのかかわりは絶っていった。

嫌われているなら、関わらない方がいい、

そう思い始めていた。
と同時に怒りも芽生え始めていた。

こいつらほんと、どうしようもないな。
そういう想いを抱いていた。



ゼミだけだから。

慣れてきて、そう思って生活し始めていた。

すると、ある学部生共通の授業で
後ろから話声が聴こえてきた。

なぜか、

自分のことを言っている、

そう感じていた。

ゼミのやつからイジるように言われている、

そう感じた。

今度は関係ないやつに言われている、

またショックだった。



そういう経験が折り重なり、

とうとう学校中での声となった。

さすがにつらすぎた。

「どんだけおれ嫌われている?」

「なんにもしてねーのに。」

大学4年の最後の時期、日本の大学では単位も取り終わり、
一番自由でもある時間だ。

それが自分にとっては地獄となった。

いま思うと、
やはり、
単に悪口を言われているのとはわけが違ったように思う。

なんかこう切迫感のようなものがあり、尋常じゃない怖さがあるのだ。

恐怖の声がこう、身体の深層部に深く響き渡る、

そんな感じだ。この幻聴のインパクトはすごい。
怖い、とかそういう次元を超えたもののように感じていたことを思い出す。

扁桃体をぶん殴られるような感覚、

扁桃体をぶん殴られたことはないが、
言葉で表すならそんな感じだろう。

そんな状況だったので、ストレスがすごかった。
そのためもあり、毎日走り続けた。

だいたい1時間、15キロ。
朝起きて走って、気合いを入れて大学へ向かった。

とにかく全力で!

「おれは負けねぇ!」

そう心の中で叫び続けながら。



発症から病院に行くまでの経緯(その2)

あと、半年だ。
それでもうここの人たちともお別れだ。

そう思ってなんとか通っていた。メンタルもそれなりに成長していた。

だんだんと幻聴の怖さにも慣れてきていた。

しかし、問題はそれだけではなかった。

卒業論文が全然進まなかった。

もちろん、
幻聴のストレスもあるのだが、

これは、
統合失調症

思考がまとまらない、

という症状によるものだと思われた。

とにかく、大変だった。


わたしのゼミは卒業論文のテーマは自由だったので、

「働く意味を考える」

にした。

内定をいただいていた会社で、正社員として働く前に

働く意味に関して、深く考えていたかったからだ。

自分の中で、

働くということは、
これからの人生で一番多くの時間を割くだろう、

ということから、特別大きな意味を持っていた。

働くとは、
やはり人生において、もっとも長く続けることであり、
生きがいにしたいな、

そんなようなことを考えていた。

まさか、
そんな自分が
これから働けなくなるとは思ってもみなかった。



卒業式は本当に地獄だった。

最後だから。

そう思っていたが、
久々に会う友達にも次々に裏切られ始めた。

さすがにつらく、

見た目にも出ていたのか、友達の一人が、

「元気出せよ」

と言ってくれた。
卒業することが悲しくてへこんでいる、と思ったようだ。

そんな自分とは裏腹に、
みんなは楽しそうだった。それが印象的だった。


ゼミナールでの集まりもあった。

最後に、
卒業写真を撮ることになった。

ゼミナールの先生が、
自分のことを呼んだ。

「真ん中に入りなさい」

そういうことで真ん中に入り、
写真に写った。

これはこれで気まずかった。


そのあと、卒業パーティーがあった。

この卒業パーティーも声がすごかった。

お酒を飲んでいたのもあるが、
突然クラッときた。

倒れる寸前で、

踏みとどまった。

ここで倒れていたら、
病気の発見は早まったかもしれない。

でも、なんとか無事卒業できた。
その日は帰ってすぐに寝た。


次の日の解放感はすごかった。
おれはやり遂げた。そんな感覚になった。

これから、この経験を糧にして、
社会で頑張ろう、

そう思っていた。

少しの期間、声が止んだ。

しかし、入社直前、大学の同期の友達と飲んでいたが、
そのときも、街に出ると声が聴こえていた。

また、心の奥に響く。

へこんだ。

同期の友達から、

「大丈夫か?」

心配された。

卒業したからといって、
幻聴から解放されることはなかった。