統合失調症を超えるとき

統合失調症の改善・克服のためのブログです。よろしくお願いします。

発症から病院に行くまでの経緯(その4)

発症から病院に行くまでの経緯(その4)

相変わらず
東京に戻ると、悪口の嵐だった。

さすがに
メンタルも母のことで
疲れていたのもあった。

それまでは家では休めていたのが、

風呂場の換気扇から声が聴こえてきた。

自分の悪口だ。
上の階の人が自分の悪口を言っている。

それにより家の中でも休めなくなってきた。

さらに、
いつのまにか、
部屋の中に盗聴器や監視カメラが仕掛けられていて、

部屋を中継されている、

そんな状況に陥った。


もう耐えるしかなかった、

これはやばい、

外へ出れば、悪口、人から狙われている、そういう状態、

中にいれば、盗聴、監視。

とにかく切迫感がすごすぎた。

これは警察に連絡するしかない、

発症から1年が経っていた。


警察へ連絡した。

しかし、
全然相手にされなかった。

これはやばい、やばすぎる。

おれは殺られる・・・

隣の人に助けを求めよう、

そう思って部屋を出ようとしていた。


何時間経ったかわからない。
もう時間の感覚などなかった。


そんな状態でしばらくすると、
インターホンが鳴った。

「誰だ?」

もう異様な感覚だ。

のぞき穴を見る。

父だった。

部屋に入ってもらい、少し話を聞いた。

「警察から連絡があった。」という。


そのまま地元へ強制送還された。




帰る途中も、5,6人の話声がずっと聴こえていた。

なんとか家に逃げ込み、母に会った。

なんだか母を狙うようなことを言っていたので、
母を守っていたことを思い出す。


次の日、脳外科に連れて行かれた。

そこから精神病院へ連れて行かれた。


精神病院の先生と話をして、
いきなり

障がい者手帳をとりましょう!」

そう言われた。

これはまた、ショックだった。

もちろん、病状の自覚などなかったのだが、

障がい者をいきなり宣告されたのが、ショックだった。

おそらく入院3か月、

そういう話だった。

しかし、

父が
母の看病が優先、ということで、

入院はせず、
病院を母の病院に転院して、

そこで母の看病をすることになった。


看病する、もなにもなかった。

薬の強烈な副作用と、残る幻聴で、

ただただ、寄り添うしかなかった。


もう母も抗がん剤を投与し、
だいぶやせ細っていた。

「なんであなたが(精神病になるの)!」

そういわれた。

返す言葉がなかった。

おれにもわけがわからなかった。