統合失調症を超えるとき

統合失調症の改善・克服のためのブログです。よろしくお願いします。

苦労に慣れていく

難病とは苦労である。

統合失調症とは苦労である。

 

自分で選んでいないから。

 

生まれる前に選んできた。

 

そういう捉え方もできなくはないが、

 

それは正直わからないことである。

 

勝手に降りかかってくる苦難を

苦労という、

 

そういう気がする。

 

自分から、

買ってする苦労。

 

それは苦労ではなく、

修行である。

 

そう思う。

 

 

修行もつらい。

 

でも入る前に

準備ができる。

 

心の準備、

覚悟、

 

そういうものができてからのものである。

 

それは大きい。

 

通常の苦労だったら耐えられないものも、

 

その準備、覚悟で

乗り越えることができる、

 

それが人間のすごいところかもしれない。

 

 

統合失調症において、

そういうものはない。

 

それがとてもつらい、

苦労という由縁でもある。

 

 

なぜ統合失調症という病ができているのか?

 

自分としてはとても気になるところである。

 

正直、幻聴なんておかしい、

 

そう思う。

 

しかも考えてもいないことを

どんどんと話し出す。

 

これが多分におかしいと思う。

 

正直、自分の中に入っていない知識なども

話していることがあった。

 

 

当事者ならこの気持ちわかるだろう。

 

 

ネガティブな幻聴も一緒だ。

 

自分の場合、

病前ポジティブではなかったが、

ネガティブでもなかった。

 

正直、

そんな悪口なんて考えていなかった。

 

 

みんなそうだと思う。

 

いじめられて統合失調症になった。

 

そういう人もいる。

 

だが、全員がそうではない。

 

もう症状が始まっていて、

それをいじめと勘違いしてしまっている人もいる。

 

 

統合失調症

 

メンタルが弱い、

 

そんな病気じゃない。

 

それは思う。

 

みんな副作用の強い薬飲んで、

 

幻聴など症状をごまかしながらでも生きているじゃないか。

 

 

この苦しみのレベルはそれなりに高い。

 

健常者には味わえない苦しみのレベルにあると思う。

 

 

そういうものを背負いながらも、

 

毎日毎日、生きてきている、

 

それは弱けりゃ成り立たない、

 

 

私は当事者だから、

 

そう思う。

 

 

一般に仕事の苦しみとはワケが違う、

 

社会的な苦しみ、

 

それもつらい、

 

でも基本的に対価があるし、

 

逃れる時間がある。

 

そう、

 

お金が発生するし、

 

ひとまず職場から離れれば解放される。

 

もちろん引きずる人もいるが、

 

気分転換をする時間もあるのが

大概の人だろう。

 

 

難病など、

病気の一番の苦労は、

 

ずっと続く、

 

そういうことだ。

 

これはつらい。

統合失調症

 

思考吹入などずっと続く。

 

これはつらい。

 

本当に危ない。

 

 

声の世界に行かされてしまう。

 

現実に生きている、

 

そういう時間が少なくなる、

 

なんのためにこの世に存在しているのか、

わからなくなる。

 

 

統合失調症の陽性症状もそう。

 

薬を飲んである程度、落ち着いていても

 

全ての声がブロックされると訳でもないと思う。

 

 

重い声がズシンとくる、

 

あの恐怖は、

健常者にはなかなか味わえない恐怖だろう。

 

 

いつ来るか、

わからないし、

 

人の話し声が変換されることが多いので、

 

会社で働くなど、

 

かなりの苦労を要する。

 

 

 

みんな慣れていく、

 

その力。

 

それがだんだんと

自分を前に動かしてくれる。

 

慣れ、

 

幻聴などの恐怖に対する慣れ。

 

それが人間のすごいところだろう。

 

 

幻聴より怖いもの、

 

正直そんなにない気がする。

 

 

慣れる、

人間はそれで進化をしてきているのかもしれない。